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外傷初期診療ガイドライン誕生の背景
2005年の警察庁事故情報統計によると、交通事故死亡(受傷24時間以内死亡)は6,586人となり、近年、減少傾向あると報道される1)。しかし、同年の人口動態調査では交通事故死は10,028人であり、全ての外傷によるわが国の年間死亡者数は23,813人に及ぶ2)。さらに、外傷を含む不慮の事故が1〜19歳では1位、20〜29歳で2位、30〜39歳で3位であることから、外因性疾患が小児、青壮年の命を奪う主たる原因となっている。したがって、外傷による死亡が将来の社会活動や生産性を低下させる背景となり、社会保障の重要な課題の1つであることが分かる。また、患者調査や消防統計から類推すると、外傷患者の初診患者数が年間約700万人、救急初診が300万人弱、入院患者が約100万人に及び、医療機関で診療対象となる疾患群ではきわめて高いところに位置する3,4)(図)。
人口動態調査2)および患者調査3)は厚生労働省統計表データベースシステムより、救急搬送は総務省消防庁「救急救助の現況」4)より、交通事故データは警察庁「事故情報統計」1)より引用した。全て平成17年のデータで比較した。患者調査のデータは調査日、調査期間の数値から年間補正するため誤差を含んでいる。
こういった重大な事態が続く中、わが国の外傷診療の質は決して高いとはいえない。最近の研究では、適切な処置を施せば助かると推定される外傷死亡(PTD, preventable trauma deathという)が外傷死亡総数の30%を超えているとされている。この多くが初期診療の診療機能に依存している。これを改善するには救急医療としての外傷診療システムの構築とこれに関与する医療従事者の診療技術の向上が急務である。診療システムでは病院前救護、救急病院の診療体制、その中で対応する医療チームのあり方、適切な紹介転送と安全な病院間搬送など、外傷特有の救急医療体制の充実が大前提となる。残念ながら我が国には、診療に従事する医師はもとより、救急隊員や院内の医療従事者に提供できる標準的な診療指針が、ここで紹介するガイドラインが出版されるまで存在しなかった。また、診療技術の面では重度外傷や多発外傷に対して高度な診療が展開できる外傷専門チームの活動が不可欠である。我が国の多くの施設では、複数診療科の医師が集結しても外傷診療に精通した医師が存在しないため、系統だった治療ができない。このため、各診療科の優れた技量が外傷治療に十分生かされないばかりか、かえって診療現場が混乱している実態がある。
そこで日本救急医学会および日本外傷学会では外傷診療の質を向上させるために、外傷診療のガイドライン作成とこれに準拠したoff-the-job trainingの開発を決定した。根本治療を行う専門性の高いガイドライン作成は次期の課題とし、最初は初期診療に照準を当てたガイドラインの作成を行うこととした。そのガイドラインと後述する研修コースと一体化したものとして、Japan Advanced Trauma Evaluation and CareTM(JATECTM)という名称があてがわれている。
国際的には、外傷初期診療の標準としてAmerican College of Surgeons, Committee on Trauma (ACS COT) が展開するAdvanced Trauma Life Support®(ATLS®) が存在する。諸般の事情でわが国には導入できなかった。このためわが国独自のガイドラインを作成することになったが、国際標準と整合性のないガイドラインでは将来かえって混乱をきたす。同書は、ATLS®の診療理論を参考にし、我が国の診療実態を反映させて作成されている。また、先にヨーロッパで展開される外傷教育ECTCや英国のTrauma Care® Manualなど世界中の成書や最近の論文も引用されている。同書は我が国で外傷診療に専従する第一線の医師団によって執筆され、日本外傷学会と日本救急医学会の専門家の査読を受け、出版に至っている5)。初版が2002年に出版され、現在、改訂第2版である。改訂3版においては日本骨折治療学会、日本神経外傷学会も査読に加わり、内容の向上に努めている。
- 警察庁・国土交通省:交通安全マップ.平成17年事故情報統計.
- 大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課:人口動態調査(平成17年).
- 大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課保健統計室:患者調査(平成17年).
- 総務省消防庁:平成18年版救急救助の現況.
- 日本外傷学会,日本救急医学会:改訂外傷初期診療ガイドラインJATEC.へるす出版,東京,2004
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